欲望の夜に咲く花――花組『EL DESEO』観劇記

ショー・レヴュー

前回はお芝居『蒼月抄』について書きましたが、今回はショー作品『EL DESEO(エル デセーオ)』について綴りたいと思います。

平家の栄華と滅びを描いた『蒼月抄』のあと、休憩を挟んで幕が開くと、そこにはまったく異なる世界が広がっていました。

指田珠子先生の世界

『EL DESEO』は、指田珠子先生によるショー作品です。

指田先生といえば、『冬霞の巴里』の妖しく退廃的な世界観や、星組ショー『ヴィオレトピア』の摩訶不思議なサーカスのような空間が印象的です。

主演の二人はもちろん、聖乃あすかさんがぶっ飛んだ役でびっくりしたのを覚えています。
七変化の星組が堪能できるめくるめくショー。いつかブログを書きたいと思っています!

宝塚と聞いて思い浮かべるような、愛と夢に満ちたきらびやかな世界というよりは、どこか異世界めいた魅力を持つ演出家ではないでしょうか。

色で表現するなら、紫、ショッキングピンク、そして黒。

そんな色彩がよく似合う先生だと思います。

もちろん様々なご意見があると思いますが、私はこれまで指田先生の作品を観るたびに、「面白いけれど、よく分からない」という感想を抱いていました。

独特な歌詞。
独特なモチーフ。
独特な展開。

一度観ただけでは咀嚼しきれず、毎回どこか置いていかれる感覚があるのです。

けれど不思議なことに、嫌いにはなれません。

むしろ後からじわじわ効いてくる。

例えるなら、オルゴールの蓋を開けたら最後、自分もくるくる踊っていた。

何故?

そんな感覚です。

劇場を出る頃には「今、何を見せられていたんだろう」と思っているのに、気が付けばまた指田先生の世界を覗いてみたくなっている。

指田先生の作品には、そんな抗い難い魅力があるように思います。

祝祭の熱気と、闇の気配。

生命力とエロス。

野望と破滅。

ラテンショーというと太陽が燦燦と降り注ぐイメージですが、今回はラテンといっても夜の香り。

どこかマルセル・カミュ監督の映画『黒いオルフェ』を思わせるような、光と影が隣り合う世界が全体をとおして流れていたように思います。


世にも麗しき四輪の花

幕が開くと、銀橋には世にも麗しき四輪の花。

侑輝大弥さん、極美慎さん、聖乃あすかさん、希波らいとさんが、私たちをショーの世界へ誘います。

シルクのような艶やかな紫の衣装に身を包み、後頭部には大きな花。さらに両手には黒いレースの手袋。

なんとも妖しいそのいで立ちに、「指田先生のショーが始まった!」と胸が高鳴りました。

今回、幸運なことに友の会でSS席が当選した私。

夢のような席なのですが、SS席にはひとつ大きな問題があります。

銀橋にスターが複数人並ぶと、目の前の方しか見られないのです。

まさに「目が足りない!」状態。

私はちょうど聖乃あすかさんの前だったため、そのお姿に釘付けでした。

なかでも黒レースの手袋を口でくわえて外す仕草。

あれは本当にR指定なのではないでしょうか。

色気という言葉だけでは足りないほどの破壊力でした。

そんな妖しい空気が満ちる中、王冠とマントをまとった永久輝せあさんが登場します。

獣の国なのか、欲望の国なのか。

巨大なセットの上に君臨するその姿は、まさに王。

白地に黒の模様が入った衣装は、ゼブラ柄にも見え、植物の茎や棘にも見える斬新なデザインで、その野性的な存在感に思わず目を奪われました。

そして始まる「愛がメラメラ」。

オールドファンにはたまらない、湿度高めのプロローグだったのではないでしょうか。

特に、投げキッスの音をしっかりマイクに乗せていた演出は大正解。

客席の温度が一気に上がったのを感じました。

同期だからこその輝き

プロローグに続いて繰り広げられたのは、聖乃あすかさんと極美慎さんによるダンス対決です。

この場面を観ていて思い出したのは、花組ショー『Cool Beast!!』での柚香光さん率いる赤チームと、水美舞斗さん率いる緑チームのダンスバトル。

花組のショーでは珍しい獣系。今回のショーもこの系譜だと思います。

衣装はロックTシャツをアレンジした現代風マタドールスタイル、踊りもフラメンコを主体としているため雰囲気はまったく異なるのですが、「同期が色分けされたチームを率いて競い合う」という構図に、当時の高揚感がよみがえりました。

もっとも、こちらは最後まで火花を散らす対決ではありません。

極美さん率いるチームは娘役たちを引き連れており、最終的には周囲のメンバーがそれぞれカップルになって街へ繰り出してしまうという、どこかコミカルな展開。

残された二人も最後には仲直りをしてしまうので、勝敗を競うというよりは、陽気で楽しい群像劇の

ような場面でした。

そんな物語の流れを見ていると、この公演から花組本公演デビューとなった極美さんが自然に花組へ溶け込めるよう、作品側が優しく迎え入れているようにも感じられます。

このお二人については、どちらが次期トップスターになるのかといった話題を耳にすることもあります。

けれど私は、どちらがどうというよりも、同期だからこそ生まれる刺激や信頼関係の中で、お互いを高め合っている今の姿に心を惹かれます。

切磋琢磨しながら花組という組をより魅力的なものへと押し上げていく。

そんなお二人の姿を、今はしっかり目に焼き付けておきたいと思います。


路地裏酒場で描かれる愛と裏切り

続いて繰り広げられるのは、路地裏の酒場を舞台にしたストーリー仕立ての場面です。

永久輝せあさん演じるマフィアの男と、その組織のボスの女を演じる星空美咲さん。

私はこの組み合わせがとても好きです。

強気で、少し背伸びしたような色気を持つ美咲ちゃんと、そんな彼女にもたれかかるように時折甘えながらも、心の奥に苦悩を抱える永久輝さん。

『冬霞の巴里』も『ドン・ジュアン』もそうでしたが、このお二人が作る関係性には独特の魅力があるように思います。

ChangerやJe pense a luiなど名曲ぞろいの名作!数年後、次はどなたが演じるかな。

特に印象的だったのは、二人が海辺で過ごす場面。

実際に海の映像が流れるわけでも、波音が響くわけでもありません。

けれど、美咲ちゃんがサンダルを脱ぎ、無邪気にはしゃぎながら歩く姿を見ていると、不思議と海岸と打ち寄せる波が見えてくるのです。

だからこそ、その幸せそうな時間が、このあと訪れる悲劇をより鮮やかに浮かび上がらせていました。

また、この場面では男役たちが総登場し、スタイリッシュなスーツ姿で現代的なジャズダンスを踊ります。

その場面が本当に格好良い。

花組らしい洗練された男役群舞の魅力が詰まっていて、思わず「これこれ!」と言いたくなりました。

やはり私は、こういう花組が大好きです。

やがて二人の関係はマフィアのボスに知られてしまいます。

舞台袖から響く拳銃の音は二発。

私はてっきり、裏切りの代償として子分である永久輝さんが撃たれるのだと思っていました。

ところが命を落としたのは、美咲ちゃん演じる女性の方。

その展開には意表を突かれました。

愛する人を失い、どうすることもできない苦悩の中で踊り続ける永久輝さん。

その姿は美しく、痛々しく、そしてどこか妖しい。

幸せな時間があったからこそ、喪失の痛みが際立つ。

指田先生らしい残酷さと美しさが同居した場面だったように思います。

そして私は、その苦悩を抱えながら踊る永久輝さんを見て、心の中で思わずこう呟いていました。

「これこれ!」

死者たちも踊る夜

続いて描かれるのは、メキシコの「死者の日」をモチーフにした場面です。

陽気な「ラ・クカラーチャ」に乗せて繰り広げられるこの場面は、『EL DESEO』の中では珍しく明るく賑やかな空気に包まれていました。

メキシカンハットに、骸骨をモチーフにしたカラフルな衣装。

なかでも印象的だったのは娘役の皆さんです。

幾重にも重なった鮮やかなフリルドレスに、頭には骸骨の飾り。

可愛らしさと不気味さが同居するその姿は、これまで宝塚で見たことのない斬新なデザインでした。

死を恐れるのではなく、死者と共に歌い、踊り、祝う。

そんなメキシコの文化が鮮やかに表現されていたように思います。

そして場面の空気を一変させたのが、永久輝さんの「ベサメ・ムーチョ」。

囁くような「ベサメ……ベサメ……」は、吐息まで聞こえてきそうな甘さ。

ファンの方はもちろん、そうでない方までまとめてノックアウトされたのではないでしょうか。

続くカーニバルの場面では、おなじみの「ラ・バンバ」が流れ、一気に客席のボルテージが上がります。

カルディで流れているあの曲、と言った方が伝わる方も多いかもしれません。

そしてそのまま客席降りへ。

私は通路席ではありませんでしたが、SS席で体験する客席降りは想像以上でした。

前にも横にも後ろにもタカラジェンヌ。

舞台を観ているというより、自分がショーの中へ入り込んでしまったような感覚です。

きらめく衣装と笑顔に囲まれていると、まるで万華鏡の中に入り込んだようでした。

死者たちも踊り、生者も踊る。

そんな祝祭の熱気に包まれたまま、場面は『リメンバー・ミー』へと続いていきます。

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卒業生への拍手

ディズニーの名曲を一ノ瀬航季さんと希波らいとさんで歌い、本公演で卒業される鈴美梛なつ紀さんと湖春ひめ花さんにスポットライトがあてられます。

なつ紀ちゃんもひめ花ちゃんも、歌もお芝居も上手な可憐で粋な娘役さんでした。ご卒業は寂しいですが、これからのご活躍を心よりお祈りいたします。

「獣の血」― 生存をかけた戦い

ほんわかとした余韻から一転、続いて繰り広げられるのは「獣の血」。

砂漠を旅するハンターを永久輝せあさん、砂漠に棲む猛禽類を聖乃あすかさん、そしてサソリを極美慎さんが演じ、それぞれが生存をかけて戦います。

このとき永久輝さんが手にしているのはライフル銃なのですが、男役の中では比較的小柄な永久輝さんには、個人的にはライフルより拳銃の方が似合うようにも感じました。

また、人ではない存在を演じた聖乃さんと極美さんの姿には、名作『BLUE MOON BLUE』で蛇を演じた紫吹淳さんを思い出しました。

エル・クンバンチェロの衝撃

そして私は、この日初めて「エル・クンバンチェロ」に遭遇します。

娘役たちのコーラスと、美咲ちゃんの祈りのような歌声から始まる神秘的なイントロ。

滝とコーラスが織りなす世界は、まるで神へ祈りを捧げる儀式のようでした。

「これからとてつもないものを目撃する」

そんな予感とともに、集中力を総動員して舞台に向き合います。

正直に言うと、この場面はあまりにも怒涛すぎて細かな記憶が残っていません。

舞台を必死に見ていたはずなのに、残っているのは滝がもたらす湿度や空気感、まるでマイナスイオンを浴びているような感覚ばかり。

細かな振付や動きは思い出せないのに、壮大なスケールとオーケストラのように響く合唱だけは鮮明に耳に残っています。

理性のクレバスという沼

可愛らしい鳥たちのロケットのあと、ついに問題の「理性のクレバス」がやってきます。

これが「エルデセーオ中毒者」を続出させたという、あの男役群舞です。

規律正しく美しい花組の群舞が、途中からまるでクレバスに堕ちるかのように欲望へ傾いていく。

その乱れた色気がたまりません。

誰ひとり見逃したくないのに、SS席は近すぎるのです。

結局どなたか一人に集中することもできず、ただ理性と狂気の狭間へ引きずり込まれていくばかり。

娘役たちのセクシーな衣装も相まって、この場面は「後日映像でじっくり確認しなければならない」と強く思った場面でした。

欲望を映し出すデュエットダンス

そしてトップコンビのデュエットダンスへ。

大階段での膝枕という演出は、まるで二人の愛の巣を覗き見してしまったような気まずさがあります。

でも、見たい。

その気まずさと好奇心が同時に存在する不思議な感覚。

考えてみれば、このショーは舞台上の欲望だけでなく、観客自身の欲望まで呼び起こしてくる作品なのかもしれません。

夢よ、覚めないで

フィナーレはひめ花ちゃんのエトワール。

音くり寿さんに憧れていたというひめ花ちゃんが、今回エトワールを務められたことに胸が熱くなりました。

本当に素晴らしい歌声でした。

そして美咲ちゃんは、すっかり大羽根を背負う品格を身につけ、いよいよ『エリザベート』へ向かうのだと感じさせる貫禄がありました。

トップスター、トップ娘役、二番手、三番手がそろって大きな羽根を背負い銀橋に並ぶ姿は圧巻です。

「夢よ、覚めないで」

そう心の中で叫びながら、SS席でのショータイムは幕を閉じました。

いつかまたSS席で観劇できる日が来ることを願って。

祈りながら、そして諦めずに、これからも抽選には申し込み続けたいと思います。

公演おやつは新・平家物語。あんが平氏、バターが源氏。令和の世では仲直りしているという発想のお菓子だそうです。

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記事内容は、筆者個人の体験や記録に基づいています。

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